こんにちは、岩﨑将史(まさふみ)です。
先日はオーケストラのコンサートで「シンセの音作り」と「音響の設計」と録音を担当してきました。
演目はプッチーニのオペラ『トスカ』。
実はこの曲、楽譜に「大砲」と「教会の鐘」が書き込まれています。
そのために音づくりの面ではなかなかに厄介で、そして面白い作品です。

「大砲」と「教会の鐘」をサンプラーなどで鳴らせないか?
普段は主に録音業務で関わっている名古屋フィルハーモニー交響楽団。
ステージマネージャーからそんな相談をいただきました。
私は録音業務とは別に普段からシンセやDTMなどを駆使し、CMやゲームなど年間100曲以上の作編曲などもおこなっているクリエイター。
もちろん「お任せください」ということで快諾させていただきました。
さらにサンプリング音源の制作や準備だけでなく、「『音』をどう鳴らすか」という音響設計から関わりました。
まずは、当日の舞台裏をまとめた短い動画をどうぞ。
この記事では、この短い動画では伝えきれなかった裏側を、実際の楽譜や設計資料とあわせて順番にご紹介します。
全国のどこかに「TOSCAの大砲や鐘はどうやってるの?」と気になっている方がいるかもしれません。
そんなあなたに向けて、解説します。
楽譜に「大砲」と「教会の鐘」が書いてある
『トスカ』の舞台は、19世紀初頭のローマ。
物語には、処刑の合図や街の教会の鐘といった「音」が劇の重要な要素として登場します。
そのためプッチーニは、スコア(総譜)に大砲(Cannon)と教会の鐘(Church bells)を『楽器』として書き込んでいます。

とりわけ印象的なのが第3幕の夜明けの場面。
処刑を前にした静かな明け方、街中の教会の鐘が四方から鳴り響く。
プッチーニはこの鐘を、ただ「鳴らす」のではなく、「近く」「遠く」と鳴る場所まで書き分けています。

しかも、指定は「近い」「遠い」の二択ではありません。
オリジナルの楽譜には「meno lontano(それほど遠くない)」といった、中間的で少しあいまいな表現もあちこちに出てきます。
はっきりした近さ・遠さだけでなく、その間のさまざまな距離感・音像感が求められているわけです。
つまり作曲家は、劇場という空間の中で「音がどこから・どのくらいの距離で聞こえるか」まで含めて作曲している。
これをどう再現するかが、今回の音響設計の出発点になりました。
大砲と鐘の音色を「録音素材」から作る
本物の大砲を客席で鳴らすわけにはいきませんし、巨大な教会の鐘を何個も持ち込むこともできません。
そこで、大砲と鐘の音はサンプリング素材をベースに作り込みました。
そして私のDTM(デスクトップ・ミュージック)用の楽器システムを会場に持ち込んで鳴らすことに。
サンプリングというのは、実際の音を録音して『楽器』として鍵盤で鳴らせるようにする手法です。
今回は、鐘や大砲のサンプル音を音楽アプリに読み込み。
楽譜が指定する音の鍵盤を叩くと、その音が鳴らせるよう1音ずつ割り当てました。

鐘の音は「プッチーニが想定した響き」を探すところから
実は、今回いちばん時間をかけたのが、このサンプリング音源そのものを探すことでした。
ひとことで「教会の鐘」と言っても、その響きは鐘のタイプによって驚くほど違います。
そこで、プッチーニが実際に想定していたであろう教会の鐘の響きを探してきました。
この鐘の音の高さ(ピッチ)は、当時ローマの街に鳴り響いていた実際の鐘を参考に作曲されたとも言われています。
それならば、できるだけその世界観に近い音を選びたい。
しかも、用意したのは1種類ではありません。
タイプの違う鐘を、複数種類そろえました。
四方に点在する街の教会の鐘が、どれも同じ音色というのは、やっぱり不自然ですからね。
種類の違う鐘が、違う場所から、違う距離感で鳴る——そうやって重ねることで、会場ではまるで夜明けのローマの街なかに佇んでいるような臨場感を感じていただけたのではないかと思います。

ちなみに音の高さの指定は、オーケストラ側からいただいた手書きの指示書をもとにしています。
鍵盤の絵に、大砲と鐘の音の高さが幕ごとに書き込まれていて、「基本は楽譜の実音、例外は★で注記」といった細かい指定まで入っていました。
こういう資料をいただけると、音づくりの精度がぐっと上がります。

この作り込みはリハーサルでも入念に調整しました。
ただ、ここで大きな課題になったのが「どうやって、狙った場所から鳴らすか」です。
「12箇所以上から別々に鳴らしたい」——市販の電子楽器では足りない
そもそもの発端は、オーケストラからの「大砲や鐘のサンプリング音を、複数の場所から鳴らしたい」という相談でした。
最初は、いわゆるパッド型の電子楽器(面を叩くと音が出るタイプ)を用意すればいいかな、と軽く考えていました。
ところが、詳しくご希望をうかがっていくと、音を出したい場所が12箇所以上に分かれることがわかってきます。
こうなると、市販の電子楽器は軒並み対応できません。
鳴らし分けたい出力の数が、そもそも楽器の想定を超えてしまうのです。
Mac + Logic Pro + MTRX Studio でマルチ出力の音源を組む
そこで、使い慣れたMacBookとLogic Proに、オーディオインターフェースとして同じく使い慣れたAvid MTRX Studioを組み合わせることにしました。
狙いは、両者とも「たくさんの独立した音の出口(マルチ出力)」に強いことです。
- Logic Proの標準Samplerは、オーディオインターフェースが許す限り、鍵盤のキーごとに別々のチャンネルへ出力できます(=大砲・鐘を音の高さごとに別の出口へ分けられる)
- MTRX Studioは、アナログで16チャンネル。さらにDante(LANケーブルで多チャンネルの音声を送るデジタル伝送規格)を併用すれば、プラスで64チャンネルものマルチアウトが可能
- これをYAMAHAのRio(I/Oラック)やCL5(デジタルミキサー)で受ければ、出力を自由にルーティングしながら、音量まで細かくコントロールできる
この構成なら、「12箇所以上の場所から、別々の音の高さ・音色を、それぞれ音量を調整しながら鳴らす」という一筋縄ではいかない要件にも、現実的に応えられる見通しが立ちました。
そしてもう一つ、オーケストラからは「舞台裏の、遠くから鳴っている感じにしたい」というリクエストもありました。
楽譜の「近く/遠く」、そしてその中間の距離感を、物理的なスピーカーの位置で作っていく——そこで考えたのが、次のシステムです。

これは、実際に舞台裏へスピーカーを配置するプランでもあります。
舞台裏と客席に、立体的に配置する
ここからが空間づくりです。楽譜が求める「近く/遠く」とその中間の距離感を、音を1か所からではなく、空間のあちこちから鳴らすことで作っていきます。
具体的には、こういう配置にしました。
- 舞台裏(袖中)の上手・中央・下手の3か所にスピーカーを仕込む
- 客席側も、パートや音の高さごとに違うスピーカー(天井・壁・舞台際など)へ個別に音を送る
- 結果として、音が上から・横から・後ろから聞こえ、擬似的な立体音響・奥行きが生まれる
さらに、「どの音色を、どのスピーカーから出すか」を1つずつ対応させた出力リストも用意しています。
大砲1・2、教会の鐘(遠い・普通・近い)といった音色ごとに、送り先のスピーカー(中央袖・上手・下手・シーリング・ウォールなど)を割り当てているのがわかると思います。


録音は「いつものオケ録音」+「オペラ用」
音を鳴らす設計と並行して、録音も行っています。今回はオペラなので、通常のオーケストラ録音のマイクに加えて、オペラならではの集音を追加しました。
- 動き回るソリストを的確に録るためのマイク
- 舞台の袖中でも歌う場面があるので、そちら用のマイク
- 舞台裏で演奏する打楽器(バンダ)の集音
- 2階席の合唱隊の集音

そして、本番の録音は2系統で回しました。理由はシンプルで、万が一どちらか一方が止まっても、もう一方が残るようにするためです。
一度きりの本番で録り逃しは許されないので、こうした冗長化は欠かせません。

スタジオに持ち帰り、ミックスとマスタリング
本番で録音したデータは、スタジオに持ち帰ってミックス(各マイクの音のバランスを整える)とマスタリング(最終的な音圧・音質を仕上げる)を行います。
そして最終的に、CDとオーディオファイルの形にしてオーケストラへ納品します。

こうして書き出してみると、「録音」と一言で言っても、その前後には音響設計・サンプル制作・立体的な出音・冗長録音・ミックス/マスタリングと、たくさんの工程が積み重なっているのがわかると思います。
おわりに
普段はなかなか表に出ない、オーケストラの『音』の舞台裏をご紹介しました。
私と弊社「フルハウス」は、こうして「録る」だけでなく、音響空間そのものを設計するところから、日々こういう現場で音を作っています。
もし録音やコンサート収録、こうした音響まわりで「こういうことってできるのかな?」と気になった方は、プロフィールや会社サイト(フルハウス)ものぞいてみてください。
同じようなことを考えている方の、何かのヒントになれば嬉しいです。
なお、この公演の音響設計と録音については、フルハウスの公式サイトでも事例としてまとめています。
今回はこの辺で。
ではまた。







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