こんにちは、岩崎将史です。
ミックス作業のオーダー時にクライアントと「マルチのWAVファイル」や「WAVのパラデータで」などのやりとりが良くなされます。
- レコーディングやスタジオ系の人は「マルチ」という。
- DTMユーザーやシンセサイザー系の人は「パラ」という。
という傾向があります。
現在ではどちらも同じ意味ですが、それぞれの由来と違いについて解説します。
マルチの言葉の由来→マルチトラックレコーダー
マルチという言葉の由来はMulti Track Recorderからきています。
略してMTRと呼ばれる業務用のレコーダーです。
メルカリより
業務用MTRで最も有名な一つが1980年代に活躍した上の写真のPCM-3348です。
マルチトラックレコーダーとは
トラック トラック
トラックというと上の写真のどちらかをイメージすると思います。
MTRの場合は陸上のトラックをイメージすると分かりやすいです。
上の写真の場合、レーンが8個あります。
テープ式レコーダーに置き換えると8トラックのマルチトラックと言えます。
テープの記録する部分を8つに分けて、マイク毎の音声信号を個別に記録できます。
こんな感じで、バンドの楽器ひとつひとつにマイクを用意し、そのマイクの音声をテープに記録していけるというイメージです。
テープはトラックで区切られていて、それぞれのトラックの幅で各楽器マイクの信号が記録されていきます。
複数トラックを持つ録音機器ということで、マルチ・トラック・レコーダーと言われていました。
ミックスを依頼=MTRのテープを渡す
ミキサーにミックス作業の依頼をする時には、昔はMTRのテープを渡していました。
そしてミキサーをつかい、
- 各トラックごとの音量
- 各トラックごとの左右、奥行きの定位
- 各トラックごとの音質
などの調整をしていきました。
図にするとこんなイメージです。
調整した音声は2トラックのマスターレコーダーに録音されます。
2トラックである理由は、CDなどの一般的なオーディオ機器は右スピーカー用と左スピーカー用の2つのトラックを持っているからです
今はテープではなく、WAVファイルでやりとりをします。
が、今でもレコード会社のディレクターやプロデューサーなどは、
ミックスの素材はマルチでお渡ししますね
などと言うのです。
パラデータの言葉の由来→シンセのパラレル・アウト
一方、「パラデータで送ります」「パラデータをください」というのはゲームサウンド業界系とかに多い印象があります。
シンセサイザーやDTMユーザーからその道に進む人が多いからだと思います。
シンセサイザーにはパラレルアウトがついてる
理由としては、ハイエンドなシンセサイザーには大抵、パラレルアウトというのが付いているからです。
KORG CRONOSの場合
例えばKORG社の最新シンセサイザーであるCRONOSを見てみましょう。
KORG HPより
背面にはやたらとアウトプットがついてます。
KORG HPより
右上のアナログAUDIO OUTPUT というのがそれにあたります。
普通であれば、LとRの2つで十分ですよね。
もう少し拡大してみます。
KORG HPより
アナログAUDIO OUTPUTがLとRの他に、1、2、3、4と並んでいます。
これは「全部で6チャンネルの異なる音声信号を出せますよ」という意味です。
マルチアウトではなくパラレルアウト
コルグのCRONOSでは、これらの部分が「AUDIO OUTPUT」のみと表記されていますが、僕が昔に使っていたシンセサイザーの多くは、こんな感じの表記が多かったです。
マルチアウトでも良いのかも知れませんが、パラレルアウトの方が適切にイメージが伝わります。
というのも、設定次第ではLRにも出せるし1〜4にもパラレルに出力できたからです。
なぜパラレルアウトが付いてる?
そもそも、「なぜシンセサイザーにパラレルアウトが必要なの?」という疑問を持つ人も多いと思います。
「自分のシンセサイザーにもついているけど使ったことがない」や「そもそもどうやって使うものなのか分からない」という人も多いかもしれません。
少しだけシンセサイザーの歴史を知るとわかります。
シンセサイザーにパラレルアウトが登場した経緯
初期のシンセサイザーはシングルトーン
シンセサイザーが登場し始めた初期は1台のシンセサイザーで1音色が主流。
大規模なアンサンブルを行う必要があれば、複数台のシンセサイザーが必要でした。
マルチティンバー音源の登場
「それは不便だよね」ということで、上の図のように複数の音色を1台のシンセサイザーで出せるようになりました。
これをマルチティンバー音源と言います。
凄く便利でしたが、一つ問題が発生しました。
6個の楽器音色を使っている場合、マルチティンバー登場以前は、6台のシンセサイザーを用意して曲を作る必要がありました。
そして、ミキシング前にはこのようにMTRにトラッキングしていました。
5分の曲であれば、5分間テーブを回せばトラッキングが完了します。
ところが、このマルチティンバー音源の場合は、音の出口がLRステレオの1ペアのみです。
MTRにマルチでトラッキングするためには、6回もテープを回す必要がありました。
5分で終わるミキシング前の準備が、30分もかかることになります。
実際にはテープを回す時間だけでなく、音の調整などの必要ですので、1曲のミックス前の準備に数時間とか1日必要などということもありました。
パラレルアウト音源の登場でレコーディング時間を短縮
「それはあまりにも無駄ですよね」ということで、マルチティンバーのシンセサイザーにはパラレルアウトというものが付くようになります。
メインのステレオアウトとは別にパラレルアウトがあるとその分、テープを回す回数が減って時間が短縮されます。
ミックスを依頼する=シンセサイザーをスタジオに持ち込んでパラアウト
なぜDTM系の人がミックス時に「パラデータ」という言い方をするのかというと、一昔前はスタジオでミックスをするということは、スタジオへシンセサイザーを持ち込み、パラアウトを使ってMTRへ効率よく流仕込む作業から始まっていたからです。
そのために、今でもDTM系音楽クリエイターは、
ミックス用にパラデータをお渡しすれば良いですか?
という会話になります。
まとめ:シンセサイザー系はパラ。レコーディング系はマルチ
このような背景があるために、言葉の使い方には次のような傾向があります。
- レコーディングやスタジオ系の人はマルチ
- DTMやシンセサイザー系の人はパラ
ミックス作業をミキシングエンジニアに依頼するときに、MTRのテープを渡すか、シンセを持ち込んでMTRにレコーディングしていくかの違いからきています。
DAW作業となった現在では「マルチでください」も「パラでください」も同じ意味ですので、どちらでもOKです。
なお、この考察は僕は絶対の自信を持っていますが、学術的な何かで立証されたわけでも規定されたわけでもありません。
よって…、
信じる信じないはあたな次第!だも〜
では、また。