岩崎将史です。
最近では音楽などの録音だけでなく、動画を撮影する人が増えて「音の悩み」についての相談や問い合わせを日々いただいています。
そんな中、最近多いのが録音や撮影をしたときの「音が割れている」という問題です。
最近もこんな事がありました、
アマチュアの方であれば失敗をしながら学んでいけばよいのですが、プロとしてクライアントからお金を頂いて仕事をするのに「音が割れていて使えませんでした」という事例がそれなりにあるのは困ったものです。
カメラの入力にはリミッターが付いているので、音声が入っていれば割れることはないと思っていたのですが…
という理解だったようです。
それは全然、間違ってるモ〜
ということで、音声初心者向けに「音が割れる」ということについてと、「音割れなし」で収録するための基本を軽くプチ解説します。
そもそも「音が割れる」ってどういう状態?
音が割れた状態を
- 割れる
- 歪む
などと言われますが、基本的にどちらも同じ意味です。
英語ではDistort
音が割れている状態を英語では「Distort」と呼びます。
故意に音を歪ませる「Distortion」というエフェクターがあり、主にロック系音楽で特にエレキギターに使われています。
Over Level で発生する音の歪み
音の歪みはどのように起こるのかというと「Over Level」という現象で発生します。
日本語では「過大入力」と呼ばれます。
理屈はともかく実際に音がどのように変わるのかは聴いて頂いた方が早いので、検索で見つけた動画を貼っておきます。
歪ませていないE.ギターの音が、歪ませることにより変わっているのが分かります。
こうした音を変化させる道具をエフェクターと呼びます。
音を歪ませるエフェクターの代表が、
- Overdrive
- Distrtion
です。
他にも数多くの種類がありますが、今回の趣旨とは関係ないので触れません。
現時点では、
- Overdrive → ちょっと過大入力で少し歪んでしまった。
- Distrtion → めっちゃ過大入力でガンガンに歪んでしまった。
と認識していただいて問題ありません。
過大入力のイメージ
過大入力というのは機器が想定しているよりも大きな信号レベルが入って来てしまった場合です。
信号レベルが過大というのはどのような状態かを解説します。
このようなサイン波と呼ばれる音声から生み出される音声電気信号だったとします。
このサイン波をさらに増幅させ信号レベル(=音量)を大きくさせたとします。
そうするとこの様になる場合があります。
本来は音が大きくなるということは、縦方向に背景が大きくなるものです。
ところが上の図では波形の縦方向の幅は変わらずに、サイン波の山が潰れてペッタンコになってしまっています。
これはオーディオ機器はある一定以上の信号レベルを想定していない(できない)ために起こる現象です。
2つの波形を並べると違いが分かりやすいかと思います。
上図のように縦方向に大きく慣れずにサイン波の山が潰れてしまっています。
録音機器の最大音量は上図のピンクの幅なので、それを超える音量は受けれなくなってしますのです。
これはいわゆるオーバーレベルによる音割れや歪みの状態です。
ただし実際にはこの様にキレイに潰れた形になることもありますが、歪んでる原因によってはもっとギザギザな歪な波形になります。
録音・撮影時に音声が割れる部分は2箇所
録音時に音声が割れる要因は主に2つあります。
- プリアンプで信号レベルを上げすぎてしまった場合
- 録音レベルを上げすぎてしまった場合
この2つがあります。
プリアンプで録音レベルを調整するから、この2つは同じじゃないの?
先の映像屋さん同じ様に考えている人は多いようです。
実際にはちょっと違っています。
音声が記録されるのには主に2つの段階があります。
音声の信号レベルを増幅させるプリアンプ
入力された音声は録音時に適切な録音レベルに調整します。
信号レベルを増幅することが多いですが、場合によってはアッテネート(減衰)させる場合もあります。
信号レベルについてはコチラの過去記事をご覧ください。
マイクレベルの場合
マイクレベルの場合はマイクプリアンプと呼ばれる機能でマイクレベルをラインレベルに音声信号レベルを増幅します。
ここで増幅させ過ぎるとサウンドは歪みます。
プリアンプ部分の多少のオーバーレベル(歪み)はシチュエーションによってはサウンドのキャラクターとしてポジティブに利用されることもあります。
ただし、一定水準以上に信号レベルが超えてくると完全な「音が割れた状態」となってしまいます。
ラインレベルの場合
ラインレベルの場合はラインアンプで微調整を、場合によっては入力レベルを絞って信号レベルを下げる場合もあります。
さらにラインレベルといっても民生機と業務機では信号レベルが異なります。
使用する録音機やカメラによっては入力部分だけでの調整では対応できず、その前段階で変換をしておく必要があります。
機器が想定している信号レベルになると割れる
いずれにせよ機器が想定している信号レベルを超えてくると音は割れてしまいます。
プリアンプ部の段階で音が割れないようにしっかりと調整と確認をすることが重要です。
音屋的な視点では、仕事の半分以上は「適切な信号レベルの調整」につきるモ〜。
もっとも重要な基本中の基本だモ〜。
アナログ電気信号をデジタルに変換するADコンバーター
そして2個目の段階として、電気信号をデジタルに変換する「A/Dコンバーター」と呼ばれる機能を通ります。
A/Dとは「Analog to Digital」の略です。
ここで音声電気信号がPCM方式のデジタルデータに変換されて録音機器、映像機器に記録されていきます。
A/Dコンバーターに入力されるレベルが大きすぎると、当然ながら音は歪んでしまいます。
カメラの音声入力など映像機器での音割れは殆どの場合がこの部分への調整が上手くいってない場合が多いです。
クリップ・インジケーターが赤くなっていなくても、音が割れる?
一般的な録音機器やカメラには「PEAKメーター」と呼ばれるメーターが付いています。
PEAKメーターには殆どの場合において「クリップ・インジケーター」というのが付いており、過大入力になった際に、インジケーターが点灯するなどして、音声がレベルオーバーしたかどうかを知らせてくれます。
上記はProToolsというスタジオ定番の録音ツールのピークメーター(があるフェーダー)の画面です。
信号レベルが機器が想定しているよりも過大になると赤くなり「音が割れている」と教えてくれます。
ですので「クリップ・インジゲーター」が赤くならない、というこが第1の条件になってきます。
初心者の方はまずメーターが赤くならないように、その前段階で正しくレベルを調整しましょう。
インジケーターは絶対ではない
ただしインジケーターだけを信頼してはいけません。
赤くならなければ音は割れないんですよね?
がっつりと割れてたんですけど?
ひとつの目安であって、絶対ではないモ〜
多くの機器ではADコンバートの前後、つまりデジタルに変換される際の情報を表示しています。
AD変換の段階では音が割れていなくても、それ以前に音が割れてしまっていることもあります。
入力段階の信号が大きすぎたり、プリアンプ部分の歪み耐性がADコンバーターよりも弱い場合は、ピークメーターに「REDが付いていないのに音が割れている」ということもありえます。
リミッターは録音レベルのピークを叩くだけ
そしてもうひとつ。
こうした話も良く耳にします。
カメラに「音声リミッター」が付いているから、割れることはないと信じていたのですが…
これも大きな勘違いです。
リミッターは過大入力された信号レベルを下げてくれる機能ですが、あくまでも保険の保険であって基本的には作動しないように、入力レベルを調整しておくのが最善です。
なぜリミッターは作動しない方が良いのか?は主に2つの理由があります。
叩かれた音は歪む
まずリミッターというのはプロの音響家でもそれなりの経験を積んだ人でないと上手に使うことはできない、実は難易度の高い機能です。
設定に寄っては信号レベルは押さえられるけどリミッターが掛かることによって音が割れて聴こえる場合もあります。
ピークメーターは割れていないのに音が割れている、ということが起こりえます。
叩かれる前に割れていることも
リミッターが利いているかどうかに関わらず、その前段階で割れているということがありえるのは先に書いたとおりです。
そして前段階で割れているのにも関わらず、リミッターも効いていて、もう何も手のつけようがないという素材を持ち込まれて相談を受けたこともあります。
コンプレッサーの魔の手
音が割れていないまでも「整音・調整」を相談、依頼されたときにリミッター・コンプレッサーなどは殆どの場合において害悪にしかなりません。
音楽的なコンプレッションは職人的な耳と技術が必要
おもにマスタリングと呼ばれる音声調整の最終仕上げの段階で、僕らプロフェッショナルはコンプレッサーを使用することが多いです。
このコンプレッサーの使用には、かなりの職人的な耳と技術と経験が必要です。
映像屋さんから持ち込まれる音声には適当にコンプレッサーの設定をしたか、もしくは何も考えずにONにしただけと思われる場合があります。
特に音楽公演などの場合は不自然に音像が揺れていて気持ちがわるく、なんとも手の施しようがない状態になっている場合もあります。
また技術だけではなく、機器自体のクォリティの問題もあります。
僕のスタジオフルハウスではマスタリング用にManley LabsのSLAMを使っています。
マスタリング専用機であるSLAM! マスタリング・バージョンは80万円ほどします。
ただのリミッター・コンプレッサーで80万円です。
たのカメラや録音機に付属しているコンプレッサーやリミッターが、どの程度の物かクオリティに察しがつくかと思います。
オートゲインは使用しない
カメラなどの映像機器の場合、音声入力に「Auto Gain」と呼ばれる機能がついている場合が多いです。
どんなシチュエーションでも絶対に使うなとは言いませんが、少なくとも音楽物の収録では使用しないでください。
オートゲインとは?
オートゲインとは入力音が小さい時には入力ゲインを大きくしてり、その逆だったりを機械が自動で調整してくれる機能です。
特定のシチュエーションでは便利な機能ですが、少なくとも音のプロは使用しません。
理由は人間が意図しない調整をしてしまうからで、後での音声の編集調整に害悪をもたらす場合が多いからです。
音楽物では絶対に使わない
特に音楽では絶対に使ってだめです。
音楽作品はピアニッシモで演奏する弱音表現から力強いフォルテッシモもまでを、演奏者が明確な意図を持って表現しています。
音の小さい所を大きく、大きい所を小さくするという調整をある程度おこなう場合もありますが、少なくとも現代ではまだ機器に任せることはできません。
適切な感性と意図を持った人間の表現意識が重要です。
スタジオに持ち込まれる相談案件としてオートゲインが入っているために、演奏が大きくなったりちいさくなったり微妙ですがフワフワしていて、修復は現実的に困難な場合が多々あります。
音割れを起こさないために
音割れを起こさないために、特に初心者の方は次の点を気をつけていただくと良いと思います。
- 録音機器、映像機器とカメラが入力信号の規格と合っているか?
- 適切な信号レベルにプリアンプ (場合によってはアッテネーター) 部分で調整されているか?
- ピークメーターが赤くなっていないか? できればギリギリを狙わずに3~6dBは余裕を持たせよう。
- 収録中は必ずイヤホンやスピーカーで録音されている音声を聴くこと。REDランプはついてなくても音が割れる要因は無数に考えられるぞ。最後は耳が全てだ。
という感じでやってみてください。
とくに4番が1番大切です。
とにかく聴かないことには何も始まりません!
それでも割れてしまった場合は、お問い合わせを
気をつけてはいたけど「音の大きな所が何箇所かどうしても割れてしまって〜」という場合もあると思います。
そういった場合は割とかなりの高確率で解消、解決できます。
そのような事例を過去記事にも書いています。
困ったときは遠慮なくお問い合わせください。
このブログの問い合わせフォームからでも、フルハウスのHPからでも構いません。
ということで、ではまた。
プロと言えども失敗はゼロではありません。失敗を通して成長することは沢山あります。が、程度の問題で「数時間に渡るコンサートの収録で、音声が使える部分が一箇所もありませんでした」というレベルの話が、それなりに耳に入ってくるのです。